キセキのシナリオ〜2025年までの軌跡と奇跡〜

IMG_2640

奇跡のシナリオプランナーに、僕の、最高のビジョンのシナリオを書いてもらいました。
これから描く世界を、少しでも共有し、共鳴し、見てくれるあなたと繋がったら幸いです。

少し長いですが、物語のように読んでみてください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

2025年6月10日。

やっと日本に帰ってこられた。

神さまはなかなか、自分のことを落ちつかせてはくれない。

 

愛する家族たちとは、ヴァーチャルリアリティの世界のなかでは、いつもコミュニケーションをとっているけれど、やはり生身の体で触れ合える、伝えられる、分かち合うこと以上の幸せはない。

今、毎日が最幸だ。 

いや、今思えば、ずっと最幸だったけれど、今が最高に最幸だ。

自分の目の前には、光しか広がっていないように感じるんだ。

 

生きているって、素晴らしい。

 

それをただただ伝えたい。毎日、ただ、それだけをしている。

 

目の前の人へ、言葉を通して

キャンバスに絵を描くことで

目の前の人の光も闇も愛することで

宇宙と繋がることで

地球と繋がる事で

呼吸することで

自らの存在自体で

 

伝え続けている。

いや、もはや、伝えるという能動的な意識もない。ただそれだけなんだ。

本当に、ただそれだけ。

人からはアーティストだと言われる。

客観的にみたら、そうだなと思うし、アーティストである自分が好きだと思っている。

でも、ニュアンスが難しいのだけれど、それは特別なことではないと思っている。生きることはアート。全ての人が、この世界自体が、アート。大事なことは、それを楽しみ、遊ぶ意識。

こんなに素晴らしいこの世界を、人にも感じて欲しいって願っている。

いつも祈っている。

いつから、こんな風に生きはじめただろう。あらためて、自分自身の物語を振り返ってみようと思う。

————————————————————————————-

たくさんの転機があったが、ひとつの大きな流れは2017年から始まっているように思う。その頃、自分は、一度休止していたアーティスト活動を再開しはじめた頃だった。しばらくずっとビジネスモードだったのだが、ゆかちゃんからある時ふいに、絵を描いてほしいと言われたためだ。

絵を描くのは苦手だったから、最初は戸惑いと違和感が大きかった。でも、描くってきめたら、生まれるなにか、があった。今までに体験したことのない不思議な感覚。不安、苦しみもある。でもそれらすべての感覚が、自分にとって必要なものだと分かった。今までの自分が感じてきた、触れてきたものとは次元の違う営みのような気がした。

 ただ、千裕さんと一緒に描いたり、音楽に触れてアートを触れたり、そういったかたちで共同で作品を生み出すことには純粋な楽しさがあった。そして、共に人とやるということ自体に純粋なアート性と美しさを感じた。

 ひとりで作品と向き合うことも、人とともに生みだすことも、どちらも自分にとっては大切だと感じた。

そして、絵を描いたことなどほとんどなかったのに、作品を描きたいと発信したところ、不思議とたくさんの人に求められることになった。

ゆかちゃんは、そうやって人の天から与えられたギフトを感じとる天才だ。ゆかちゃんと一緒になっていなかったら、自分はこんなにもアートをするようにならなかったかもしれない。

もうひとつの大きな出逢いは、宮古島だ。家族旅行でいった宮古島からは、ものすごいインスピレーションを受け取った。魂の奥底から湧きあがる、熱くて重い感覚。

それが、自分は自分の使命を再認識した瞬間だった。自分がこの時代になぜ生まれて、今神戸に住み、人と地球に元氣を届けようとしていたかが、分かった気がした。その感覚を、表現したくて、絵に残した。

ゆかちゃんもまた、この場所の高い波動を感じて興奮していた。ここに別荘兼アトリエをたてようと、さっそく不動産を調べているのを見て笑ってしまった。

この時期にこの宮古島を訪れたことは、今考えても必然だったとしか言いようがない。この宮古島で大きな転機が何度も訪れることになった。

この時期、Sound Soulsを中心とする事業も、新しく始めたコンサルも、組織コンサルも、いい感じに回ってきていた。そして、アートにも勢力的に取り組みはじめていた。今まで、両立できるイメージをもてていなかったので、それが別の物でないということが、感覚的に腑に落ちてきていたのだと思う。

それまでは、結果を出したいと、エネルギーを注いでいる割には、現実的な結果が付いてくるのが遅いということに焦りを感じていた。

現実がまわってきたその時には、別のジレンマを感じていた。気持ちは動きたくてしょうがないのに、体が付いていかない。自分自身から溢れだす愛、エネルギーに体が追いつかないのだ。もっともっと、体と意思・思いのなかのギャップを埋めて、循環させていけたら良い。

健康的な食事は大切にしていたし、休息も多めに取るようにしていた。そして、評判のいい整体師さんにケアしてもらったりして、その時にはいつもよりもよくなるものの、確信的な変化はない。もっと根本的な何かがあるのではないか、と感じていた。

何か良い方法はないか、インターネットで検索していたところ、自分の問題だけでなく、他人や先祖の想念からきているという記事を見つけた。対策として、毎日30分自分にむかって愛していますと伝えてください、ということだった。試しに実践してみることにした。

また、スピリチュアルな能力をもつ、みっちーにも見てもらうことにした。除霊の必要はなさそうだということだった。一度墓参りにいくことを勧められたので、東京に出張したタイミングで、墓参りにいって、祈りをささげた。また、実際に墓にいかなくても、意識を向けるだけでも良いということだったので、毎日5分程度、先祖に感謝の祈りを捧げる時間をとることにした。

さらに、アロマに詳しい方が、魂を浄化するサイプレスの香りがおすすめということだったので、部屋で休む際に香りを嗅ぐようにした。

それらのどれが実際に効いたのか、複合的に作用したのかは分からないが、始めて2週間くらいたったときには、肉体的にも精神的にも、元氣で満ち溢れる状態を感じていた。それだけでなく、よりいっそう自分を成り立たせいるものへの感謝が自然と溢れるようになっていた。

何をするかではなく、どうあるかが大切であるという。もともといい流れを感じていたビジネスだったが、そのことでより一層加速していったと感じている。

目の前の人へ、そしていっしょに活動する仲間へ、愛と感謝がとまらないのである。そうすると、どんどんギフトしたくなる。応援したくなるのだ。出来ることは何でもしたいと思った。今までは、自分のビジネスへ繋げるということも計算していたところがあったが、この時はそういう意識もなくなっていた。相手の話を聞いて、必要な人や情報に繋いだり、相手から感じる輝きを伝えて応援したり、弘さんから教わった成功させる会のやり方を使って応援チームを作ったり、解放するアートをしたり。それまでもやってきたことを、より愛とエネルギーを込めてやっていった。

そうすると、それまでも素敵だなと思っていた人が、短時間でよりいっそうどんどん輝きを増していった。それがまた楽しくてしょうがなかった。それが深い生きる喜びだと感じていた。そうすると、その体験を与えてくれたその人への感謝がより深まっていく。

「亮佑さんに出逢って、生まれ変わることができました!!」

その頃から、そんな言葉をかけてくれる人がより一層増えていった。そうすると、自分の想定外のギフトが返ってきた。『宮田さんを紹介したい!』といって、紹介してもらったり、ワークショップや講演会を主催してくれる人が毎日増えていっているようだった。これから何が巻き起こっていくのだろう、と贅沢な不安を感じてしまうほど、自分が大きな流れの中にいるのを感じていた。

同時期に、自分が応援したい人と、共に成幸するためのチームを作り始めていた。今では家族というほど繋がりがあって、もはやあえて繋がりという言葉を使うのも違和感があるようなメンバーである。みっちー、ゆうちゃん、翔太、千裕さんがそのメンバーだった。それぞれのメンバーの成幸は、心から願っていることもあったし、そして自分自身の活動とも密接に関わるメンバーだったので、特に注ぐことを決めた。

 そのチームのスレッドの中で、千裕さんがみっちーの100人規模の講演会をやりたいという声から、プロジェクトが立ち上がっていた。それについて、ピンとくる場所のアイディアを出したり、プロジェクトスタッフのメンバーとしてピンと来る人を提案したりした。

 同時期に、翔太はトークライブプロデュースという事業を始めていた。トークライブをやりたい、という人の気持ちを具体的にかたちにするプロデュースを、Sound Soulsと、仲間の正城のコンサルを使ってやるというものだ。4人の申込者それぞれで、企画を進めているところだった。

 そして、自分自身もむくむくと、講演会をしたいという意思がかたまってきているところだった。自分の伝えたいメッセージに、軸が出来てきた感じがしていたのだ。ただ、自分自身で主催する感じはしないので、主催したいっていう人が現れた時には、自分の全力をそこでだし、お客さんの才能を解放し、場が溶けてひとつになる、そんな最幸な場ができる感覚がある。

 ふとこれは同じ大きな流れの一部なんじゃないか、と思った。自分自身の生き方で、その命を輝きを表現することを、伝えるという大きな流れが、自分たちの間で流れ始めているのだ。その流れのなかで、みんな良い感じに活かしあえたら、良い気がした。

みっちーには翔太と正城のプロデュースのサービスを提供してもらったらいいような気がした。前々から、みっちーは話すということをしたいという意思をみせつつも、なかなか現実に動き始めることをしていなかった。翔太と正城に背中を押してもらい、最幸の場づくりをして、みっちー自身がより自分自身に確信をもち、もっともっと受け取れるようになるきっかけになるかもしれない。みっちーも翔太も正城も、活かし合える気がする。そして、そこでも自分ができることは全力で応援しよう。

 さらに、ゆうちゃんにLPをつくってもらって、ゆうちゃんにも、イベント収益の一部を還元したり、イベントの中でゆうちゃんの活動をお知らせできたらいいかもしれない。そして、みんなへ向けた、チラシやイベントページの告知へ載せるイメージは、千裕さんと一緒にアートしたら、楽しそうだ。おまけに、それを見るだけで解放される人もたくさんでて、またなにか巻き起こるのではないか。

 みんなに提案したところ、良い感じに盛り上がった。全体の流れを整理して、シナリオを翔太に書いてもらって、イメージを共有し、皆の熱量も高まった。自分を生きる、をチームで加速させるのだ。そしてこのチームを循環させるのに、今まで学んできた組織コンサルのスキルや知識も大いに注ぎこんだ。

 また、俺自身は自分の講演会は主催したくないけど、誰かが主催してくれたら、めっちゃ全力でやるし、良い場になる確信があるんだよなあ、と会う人会う人に語っていたら、宮田亮佑講演会開催プロジェクトのグループを、翔太が作ってくれた。とりあえず、開かれたらいいなーっていうことと、何かできることは応援したいっていう人が20人以上招待されていた。

そのグループのなかで、翔太が、講演会やるとしたら、どんなことを語りたいか、伝えて欲しいというので、全力で溢れる想いを投稿した。すると、感動したりえちゃんが、『私、主催しようかな。でも100人の講演会とかやったことないから不安』というコメントをくれた。めちゃくちゃ嬉しかった。俺は、全力で主催に必要なことはバックアップすると伝えた。翔太も、『絶対大丈夫!!応援する!!』と伝えてくれていた。

 8月19日にわなびばで開催されたみっちーの講演会は、大好評だった。みっちーはそこで、本当に自分がとどけたい商品のプレゼンも行った。そこで実際に、商品に申し込む人もあらわれて、みっちーは大喜びだった。俺もそれをみて、涙がでるほど嬉しかった。

 9月に開催した宮田亮佑講演会には、わなびばに入りきれないほどの人が来た。集計したところ132人の人が集まっていたようだ。

 その場には、自分のその時のいのちの願いを、めいいっぱい詰め込んだ。その日までに、作ったアート作品の個展と、ポストカード販売も同時に行った。その場で巨大アート作品を、千裕さんと一緒に描いた。その作品には更に、夕幻の書が加わり、最高の作品ができた。

 講演会は、来た人全員の魂・波動の上昇が爆発的におこることを意図した。Sound Soulsの話はもちろん、祈りとは何か、ビジョンを描くとはどういうことか、エネルギーを解放するにはどうするべきか、才能を発揮して生きるにはどうしたらいいのかを語った。参加した人が、わくわくしているのを感じたし、自分の話を聞いただけで全員ポータルがひらいちゃったんじゃないかなって本気で思った。

 8月にSS協会でリリースした、ポータル診断士の受講者が、その参加者のなかから、45人出ることになった。この数字は驚異の数字だと思っている。いや、でもそれが求められていたことだとしたら、当たり前の時代なのだ。

 また、その場で、自分と一緒に本気でアートを創り上げたい人を、モニター的に3万円で募集した。そしたら、22人もの人が申し込んでくれた。そこからアートで生きるがどんどん現実化していきそうな気がした。そして、なんとその場で描いた巨大アートを、30万円で買いたいという人が現れた。さすがにそれは驚いた。

 結果的にこの9月までの流れのなかで、応援し合う全メンバーのあらゆる意味での豊かさの基準が大きく飛躍することになった。そして、本当にやりたいことで、自分自身の才能を発揮して生きていくということの実践者であるに相応しい人間性や、確信感をもちあわせていて、心のそこから信頼できる繋がりとなったのだ。

 自分のコンサルやセッションの力は、徐々にその仲間たちや、SS協会等使う範囲を限定しないと、アートの方が回らないようになっていくイメージがおりてきた。コンサルやセッションの技術等を学んできたのは、自分自身の使命に必要な修行期間であるということが分かってきていたが、その修行期間がもう終わりに近づいていることが分かった。これからは、本当に必要な人だけに届けようと思った。また、個人へのコンサルというよりも、自分はやっぱり組織や企業に対して届けていきたいなあと思った。組織は、難しいということは、誰よりも自分は知っていると思っている。でも、その難しさの中でひとりひとりが向き合うこと、誰かの決意が全体に影響していくこと、その連鎖のアートに触れたいし、そこをもっと深めたいと思った。

 講演会が終わったあとは、申し込みをしてくれた人との、アート制作の活動が忙しくなった。申し込み者の魂の解放をテーマに、Sound Souls、算命学、チャネリングを活かしてセッションをしつつ、アートを共に取り組んでいった。その制作過程は、ブログやHPで発信しつつ、申し込み者自身でも発信してもらうことにした。そして、22人それぞれとともに創り上げた作品をあつめ、翌年の2月22日に個展を開催すること決めた。

 また、びりかんの式経営と、それを生み出した信國さんをもっと世の中に広めたいと感じて、講演会を主催することを決めた。俺の、人の魅力を本人以上に伝えられてしまう代弁能力を、信國さんにこそ使いたいと思った。11月に、日本橋のベース0にて開催した講演会には、びりかんの革新的な経営について興味をもった33人の人が集まった。コワーキングスペースであるベース0のオーナーさんや利用者さんとも繋げることも出来て、そこからも生まれる感じがして嬉しかった。

 2018年の1月11日に、SS協会が社団法人化した。ポータル診断士も育ち、翌日のパーティでは、大好きなメンバーで盛り上がった。

 大好きな人は、どんどん増えているなあと感じた。そして、大好きな人と、どこまでも深く繋がれるなあと感じた。家族がどんどん増えているなあと思った。ときどきぶつかったりもするけれど、だからといって離れる感じはしない。離れてもそれはそれでいいと思っていながら、強固な絆は自分を支える安心感となっていた。

 毎月行っている豊かな食事会での、来る常連メンバーの変化にいつも胸がおどった。そして、その場でも、自分の能力をフルに発揮して、楽しく応援していた。

 2月22日の個展では、創り上げた作品の売り上げが、なんと300万円を超えた。その半分は、一緒に作りあげた申し込み者との分配としていたので、また大好きな人達へ還元されていくことが嬉しかった。その個展でも、また一緒にアートを作りあげる人を募集した。今回は、15万円で募集したが、今度の申込者は、30人を超えた。感動して、久しぶりに涙が出た。自分の才能を活かす喜び、それが必要とされる喜び、GENKI。ああ、これをもっともっと届けたい。

 個展が終わった後は、あらためて宮古島へ別荘とアトリエをたてる計画をたてた。あの場所で毎日アート作品を創り上げることができたら、今の自分から何がでてくるのかが楽しみで胸が震えた。

 その話を人にわくわくして話しまくっていたところ、『宮古島にもう使わなくなったおじいちゃんの家があるけれど、譲ろうか?』と言ってくれる神さまのような人が現れた。また弘さんが、神がかった繋ぎ方をしてくれたのだ。

 その人は、アーティストだったおじいちゃんが大好きだった。最も尊敬している人がおじいちゃんだと言う。人格的にものすごく大きい人で、自分が自由に生きることを、ずっと応援してくれたのだという。そのおじいちゃんの家は、亡くなってから、作りかけの作品などもそのままの状態で、人が住んだことはないそうだが、気はよく、掃除する人も雇って綺麗な状態で保っているのだと言う。『宮田君の作品はおじいちゃんと通じるものを感じるから、土地も建物も、すべてそのまま権利を譲るよ』と言ってくれたのだった。

 思ってもない話だった。一度、宮古島にその家を見に行くことになった。

 2018年4月3日、その家を見に行った日のことは、死ぬまで忘れられないだろう。おじいさんが描いた作品の放つ、波動の高さがすごかった。インスピレーションはどんどん湧いた。涙が止まらなかった。ゆかちゃんも同じ感覚を感じていたのだろう。もうここを別荘兼アトリエにすることは即決だった。それから、一か月、神戸での予定をキャンセルしてその家に留まることにした。

そこですごして、3日目あたりだっただろうか。寝ようとして、夢と現実のはざまの状態であった時に、聡明な顔をしたおじいさんが現れ、深い声で語りかけてきた。自分は動けなかった。作品に込めるおもいや、この家をどんな気持ちで建て、家族とすごし、人生を全うしてきたのかを、とつとつと語った。最後に、この場所をよろしくな、と言ってその夢なのか現実なのか分からない時間は終わった。

次の日から、意図してチャネリングをすると、そのおじいさんの意識と繋げられることが分かった。もう身体はない存在だけれど、自分のアートの師匠となった。たくさんのことを教えてもらった。それは、生きる全てがアートであるということだった。知ってはいたけど、おじいさんの語ることのパワーは、すごいものだった。

 その一か月をすごしてから、神戸にかえって来たら、会う人会う人から、なんだか変わったねと言われた。自分自身でもそう思った。幸福度はさらに高まった。ある意味悟りの境地に足を踏み入れたのかもしれない。深い安心感と幸福感がいつも自分の中にありながら、でも感情がある自分の人生をより一層楽しんでいた。冷静さ、情熱、感動と集中、色んな感情が合わさって、日々を過ごすようになった。自分自身である感謝とワクワクがとまらず、同時に祈りを込めてひとつひとつを丁寧に味わっている。

 それまでもたくさんの人の人生を輝かせてきたという自負はあったけれど、それがある意味ひとつの極に至ったような気がしていた。

 会う人会う人が、今この瞬間なにをすることで輝くか、何を表現したらいきいきするか、使命とそのために与えられたギフトはなにか、瞬間的に分かるようになった。

 Sound Soulsも、算命学も、それをかみ砕くひとつのツールという位置づけになった。瞬間的に分かって伝えても、伝わるものではないからだ。そして、Sound Soulsと算命学そのものの理論を深めるのに、この感性は役に立った。瞬間的にわかってしまう感性を、Sound Souls・算命学にどう対応しているかをみていくことで、統計データがどんどんたまっていった。また、七星論を使った整体がものすごくよかったことをきっかけに、七星論を学んだ。まだ、整体の分野でしか使われてなかったそれを、算命学のような人の人生にあてはめられるように体系化した。それを、自分のまわりで教えたら、うまく役立ててくれそうな人に向けて、教えることにした。翔太はやはり、まっさきに手をあげた。

 そこではそれほど自分自身がそこから利益を得る必要はなかったので、その理論を活用する意欲をみせた翔太を中心に、それを伝えるチームを作った。Sound Soulsを広げるときに培ったノウハウがあったので、その講座もどんどん広がりを見せた。その組織の利益の20%を自分の役員報酬として、基本的には任せることにした。

 2018年8月8日、2人目の子どもが生まれた。女の子だった。和奈(あいな)という名前をつけた。姓名判断では、活力旺盛で、自分も人も幸せにしていく名前。和は、平和の和であり調和の和。奈には、神事の果実という意味があることから、神である自分を信じて大切に大きく育ってほしいという意味を込めている。また「あい」にLOVEも込めている。こたちゃんも、嬉しそうに和奈ちゃんの顔を見て笑っていた。

 この時期は、自分のアートをより一層、人々に届けていくことを考えていた。自分の作品に触れたら、それだけで自分に目覚め、覚醒していく人が増えていく。日本全国、そして世界にむけて、届けていきたい。口コミで広がりつづけているのはいいのだけれど、それを更にスピードをはやめて行きたい。まずは全都道府県で、1週間ずつ個展と、その場での講演会をやることに決めた。家庭と、SS協会やコンサル等とのバランスを考えて、1週間の個展をしたら、2週間それ以外の活動をするというサイクルを考えたが、そうするとおおよそ3年くらいかかる計算になる。それだと、遅い感じがした。長くとも1年では終えたい感覚だった。なので、同期間3つの県でテーマを設けて同時開催し、2日ずつ自分がいる場所をずらしていくことにした。そうすると、そのサイクル1年で、全都道府県をまわることができる。

 一緒にアート作品を作ったお客さんが、引っ越して地方にいる場合には、その主催を依頼した。そして、アートに目覚めているひとには、その人のコーナーを作ってあげることにした。喜んでいるのを感じられてとてもうれしいし、その人の作品をきっかけに、また自分の作品をみてもらうことができる。
また、SS協会のコミュニティが全国にでき始めていたので、そのコミュニティの力も借りた。アート作品のお客さんがいない地域には、その各地域のコミュニティに主催してもらい、日中にSSの勉強会や、その地域の診断士やセッショニストのSS活動や、支部組織へのコンサルをやることにした。

 そうすると、1年の個展スケジュールがすぐに埋まった。開催する地域の順番は、インスピレーションで決めていった。神戸を中心にらせん状に広がっているようだった。これにもまた何か意味があることを感じた。

また今回のもろもろの調整や事務は自分がやる仕事ではないと感じたので、これをきっかけに秘書を雇うことにした。秘書は、以前から雇うならわたなべゆうこりんと決めていた。本当にゆうこりんは優秀だったし、愛をそそいでくれた。自分も、今まで以上にゆうこりんの応援できるのが嬉しかった。

同時に、神戸の自宅でも、ゆかちゃんの使命を生きやすくするために、ハウスキーパーと、ゆかちゃんの秘書を雇うことにした。ゆかちゃんの秘書は、誠実なイケメンの秘書で、すごく幸せそうなので、それは見ていて嬉しかった。

搬入・搬出は各地域の主催者に任せてやってもらうことにした。事前の会場のイメージ作りは、しっかり伝えてある。

2018年10月7日(日)、神戸のアート〇美空間Sagaで、全国個展巡りははじまった。この場所は、アート活動が本格化したときに出逢ったオーナーさんが経営している。今までのアートの概念にとらわれない展示が行われている素敵な場所だ。気も良い。

 神戸での個展では、さっそく22万円の作品を買ってくれる人が現れた。感動してくれて、本当に嬉しかった。

 その週は、そのまま大阪、京都と移動し、既に始まっている個展会場を訪れた。会場に行った時には、SS関係者も含め、それ以外でも自分がその場にいる日を選んできたという人がたくさんいて、嬉しかった。

 最初の1週間の3会場での売り上げは、驚くことに500万円を超えた。あまりに売れるので、価格設定を見直さなくてはならない。個展を複数の会場で開催する作品は少なくとも必要だからだ。と、同時に開催期間以外での作品作りに、よりいっそうエネルギーを注ぐことにした。

 1年をかけて全都道府県をまわるこの期間で、最高の体験をし続けた。自分が本当に、この世界の波動をあげるために生まれてきたこと、人と地球を元氣にするために生まれてきたことへの確信が、また更に深まった。(株)GENKIに掲載しているメールアドレスに、『展示会をきっかけに本当の自分を想い出し、人生が変わった』という声や、『またぜひ展示会を開いてほしい!そのときは友達声かけてみんなで行きます!』という声が相次いだ。

 次は、世界だ。どうやって出て行こうかと考えていたら、桃子さんが大きな力となってくれた。自分の会社を立ち上げ、忙しくしている桃子さんだったが、アートの仕事に取り組んだ人のつながりもあり、会社の事業として海外での展示会をプロデュースしてくれた。  

また、それと同時に、展示会の企画に合わせて、現地で『宮田亮介とともに奇跡を体験する生まれ変わりツアー』も企画してくれて、実際にパワースポットで数々の奇跡体験を参加者とともに味わうことになった。

 桃子さんだけでなく、世界に出るときの道筋は、どんどん勝手に出来て行った。全国の個展のお客さんから、SSのコミュニティのつてから、弘さんから、石川さんから、共同事業に取り組む経営者から、どんどん紹介された。

 あまりにも道が出来て行くことに感動して、何回も泣いた。そして、利益はどんどん自分が応援したい人や会社に投資したり、NPOに寄付したりした。きよちゃんにも、感謝を込めていきなり1000万円振り込むサプライズをしたときには、幸福感でまた泣いた。

 それからは、もう勝手に道がそこにあっただけだ。宇宙がすべて用意してくれていた。それまでもそうだったのかもしれないけれど、本当にそれだけだ。自分は神から与えられた使命を、ただその瞬間瞬間全うさせてもらっている。そしてそれが幸せそのもの。

 そして、それは自分だけのものだけではない。自分に来た豊かさは、どんどん流すところへ流している。そしてそれがまた行くべきところへ流れていく。滞りをどんどん解消していく。世界がどんどん輝いていく。

 ————————————————————————————-

 

2025年の今、世界は本当に変わった。

 平和は夢じゃない。アミの本に書いてあることは本当だ。

 地球の愛の度数は上がり続けている。

それは自分の力でそうなったなんて傲慢な事は思わない。でも確実に自分はそのなかでひとつの役割を担ってきたと思っている。

 そして、たくさんのこの同じ時代に生きている仲間たち。気付いていてもそうでなくても、ひとりひとりがその役割を担っているのだ。

 これから、日本の神戸を中心に、愛と調和の時代がくるんだ。

 今まさに、その時代を、自分たちの手で作り上げている。

 

 その中で、自分はずっと命を輝かせていくのだ。命の願いをかなえ続けていく。

 

 ゆかちゃん、こたちゃん、あいちゃん、実家にいるお父さん、お母さん。

 愛すべき家族。

 

いや、愛そのものである家族。

 

 石川さん、弘さん、起世ちゃん。

 尊敬する、偉大なるメンター。

  

 みっちー、千裕さん、バティー、夕幻、ゆうちゃん、翔太、あいぼん。

共に時代を駆け抜け、地球を次の未来に導く、大好きな仲間たちと一緒に。

 To be continued…

ーーーーーーー

自分自身が感動して涙が出て震えました。

書いていただいた清野翔太さんのシナリオについてはこちらから

PROFILEこの記事を書いた人

げんきくん(宮田亮介)
  • 株式会社GENKI代表取締役 / GENKI Artist。 1988年1月1日生まれ。神戸市在住。一児の父。 「人と地球を元氣にする」をテーマに、コンサルティング、ワークショップ、アーティスト活動を行う。Sound Soulsやメンタルモデルなどの手法をベースに、「思考と感情と魂の一致感」を出すことで、個人や組織が変革していくサポートをする。またGENKI Artistとして、人や場所の”神”を表現し、解放する活動も行う。