光の柱になる

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自分の中でまた新しい階段を登ろうとしている。

 

それは、”光の柱”になること。

家族、会社、団体、日本。

 

ぼくは、ずっと、何かの”柱”になることを恐れていた。

 

21歳〜24歳まで人材育成会社の責任者を務めていた時に、

自分が声をかけたスタッフ達の生活を守れなくて、挫折した。

 

そこからは、責任を取る立場、というものからずっと遠ざけて生きてきた。

 

それは、父親に対して感じていたことと同じだったのかもしれない。

 

子供が5人いて、自営業で果物屋を営んでいて、

けど事業がうまくいかずに、倒産し、自己破産。

そのあと、一時行方をくらましてしまった。

 

そんな父親を見て、

「なんて無責任な人なんだ!!」と思っていたし、

そんな父親が嫌いだった。

 

けど、本当は違かった。

 

父親はそのあと戻ってきて、ずっと果物屋しかやってこなかったのに、

社長というプライドも全部捨て、

50歳を過ぎている体でタクシーの仕事を始めた。

 

昼夜が逆転する仕事で、家族と会える時間も減り、

一生懸命働いても、過去の失敗を責め、

家にいても煙たがって、あまり相手にしないようにしていた。

 

なぜ、そんな態度をしていたか。

 

ぼくは父親が大好きだったんだ。

 

大好きな父親だったからこそ、スーパーマンでいて欲しかったのかもしれない。

 

麻雀なんていかずに、もっと家族といて欲しかった。

仕事ができるんだから、ちゃんと事業も成功させて欲しかった。

もっと、自分と一緒に遊んだり、自分のことを見て欲しかった。

 

どこかで、”父親的な存在”、責任をもって、誰かを守るということに、

自分は勝手な幻想を抱き、

その幻想を元に、自分自身のリーダーシップを形作っていたのだと思う。

 

人材育成時代、完璧なリーダーを演じようと思い、

スタッフのモチベーションを上げるために、高級レストランに連れていったり、

オーダースーツを買ってあげたり、

とにかく”できるリーダー”であろうとしていた。

 

そして、誰にも相談できず、弱音もはけず、一人で抱えて、

結局は、スタッフを裏切るような形で、その会社を去ることになった。

 

 

ぼくは、ずっと、父親の影を追っていたのだということに気付いた。

 

だから、何か責任を負うような立場になることから逃げ、

自由に、好き勝手やる自分を作った。

 

そして、わかった。

 

 

本当は父親が、どこまでも家族を大切にしていて、信念をもっていることに。

そして、スーパーマンでもなんでもなく、一人の人間だということに。

 

自分の中で、大黒柱になるような人は、信念が強くて、

完璧な存在の人だと、どこかで思っていたのかもしれない。

 

もうそれは止めよう。

 

自分が”柱”であるということを受け入れようと思う^^

 

過去と違うのは、

今は自分の弱さを受け入れることができ、

それを分かち合える家族と仲間がいるということだ。

 

過去の自分は、ただ単に、未熟だっただけに過ぎない。

 

過去のスタッフに、甘えられなかった自分を、もう許していいのだと思う。

 

柱になるっていうのは、責任をとってなんでもやるということではない。

 

守るという覚悟を持つということなんだと思う。

 

ぼくは、これからも、

 

好きなことしかしないし、

やりたいことしかしないし、

どんどん飽きて、どんどん新しいことをして、

自分が感じたことを大切に生きていく。

 

けど、そこに縦に伸びる光の柱を意識することで、

 

もっと周りの存在が、安心して、優しい気持ちになって、

互いの輝きを出し合える関係を作れるのだと思う。

 

もう、

過去の自分も、

父親も、

勝手に理想を抱いていたメンター達も、

許していきたい。

 

そして、自分自身がそういう存在なんだということを受け入れて、

生きていきたいと思う。

 

小太朗という、息子ができて、

自分が”父親”という存在になって、

感じたこと。

 

小太朗、いつもありがとう。

PROFILEこの記事を書いた人

げんきくん(宮田亮介)
  • 株式会社GENKI代表取締役 / GENKI Artist。 1988年1月1日生まれ。神戸市在住。一児の父。 「人と地球を元氣にする」をテーマに、コンサルティング、ワークショップ、アーティスト活動を行う。Sound Soulsやメンタルモデルなどの手法をベースに、「思考と感情と魂の一致感」を出すことで、個人や組織が変革していくサポートをする。またGENKI Artistとして、人や場所の”神”を表現し、解放する活動も行う。